越後の瞽女唄関連の資料
大崎紀夫編 橋本照嵩写真集 「瞽女」 2,000円 |
のら社 1974年 |
長岡瞽女のモノクロ写真集。 橋本照嵩は、1972年3月より約1年間、長岡瞽女の金子セキ、中静ミサオ、手引きの関谷ハナの門付けに同行、写真記録、取材を行った。門付けの具体的風景がよくわかる。非常に美しい写真集。 |
|
五十嵐富夫著 「瞽女」 旅芸人の記録 3,200円 |
桜楓社 1982年 |
一 瞽女の歴史 二 瞽女という文字 三 瞽女との出合い 四 瞽女の全国的分布 五 瞽女の修行 六 瞽女の組織 七 瞽女の規約 八 瞽女の門付け修行 九 瞽女の唄本 一〇 瞽女の唄 一一 妙音講 一二 瞽女と民間信仰 一三 杉坪薬師の信仰 一四 上州の村々を訪ねた瞽女 一五 消えた瞽女 一六 瞽女の門付け同行記 一七 元瞽女訪問記 加藤イサさん 渡辺キクさん 五十嵐サカさん 伊平タケさん 杉本キクエさん
歴史学者による、瞽女の歴史的研究と、門付け同行などの直接取材の記録。 |
|
大山真人著 「高田瞽女最後」 1,500円 |
音楽の友社 1983年 |
ふたつの「一人」/別離への鎮魂歌/流離の叛徒/落涙の遍歴/孤高の司祭/わたしは白鳥になりたい 杉本キクエさんをずっと追いかけてきた著者による、杉本キクエが病気で歌わなくなってから亡くなるまでの間の記録。 |
|
斎藤真一著 「瞽女」 盲目の旅芸人 630円 |
日本放送出版協会 1977年 |
一 瞽女との出会い/二 瞽女宿めぐり/三 瞽女唄/四 瞽女の歴史/五 瞽女を思う(私の日記より)/六 杉本キクエとの問答 高田瞽女:杉本キクエさんを初めて世に紹介した書ともいってよい、画家斎藤氏による、取材記録。表紙の絵は斎藤氏の絵。 |
|
鈴木昭英 松浦孝義 竹田正明 著 伊平タケ聞き書 「越後の瞽女」 880円 |
講談社 1976年 |
まえがき/私の生いたち/門付けと宿/行と縁起/ゴゼの功徳/肩の荷物と三味線/ゴゼの起源/年季明けの儀式と米山/恐ろしい三つの思い出/唄の種類と記憶法/新保広大寺と万歳/私の結婚と不幸/門付け以後/戦前の放送と舞台/越後から東京へ/無形文化財と勲章/私の中の極楽/瞽女唄聞き書/伊平タケ年譜
明治19年生まれで国無形文化財:伝承者の選択も受けていた、柏崎瞽女の伊平(いひら)タケさんの聞き書き |
|
大山真人著 「わたしは瞽女」 −杉本キクエ口伝− 定価 1,200円 |
音楽の友社 1978年 |
赤い椿とげんぼし/瞽女宿から村へ/透明な風と道/年落とし/撥の手ざわり/情と芸と/瞽女唄/遊行芸民−掟はなぜ守られたか(解説)/取材日記/杉本キクエ年譜/おわりに 最後の高田瞽女と言われた杉本キクエさんの自伝。 |
|
桐生清次著 「次の世は虫になっても」 −最後の瞽女小林ハル口伝− 定価 2,000円 |
柏樹社 1981年 |
第一章 生い立ち 第二章 瞽女として旅に出る 第三章 親方をかえる 第四章 皮張りの三味線 第五章 親方となる第1章 越後の瞽女 最後の瞽女と言われた小林ハルさんの自伝。 |
|
佐久間惇一著 「瞽女の民俗」 価格不明(記述なし) |
|
岩崎美術社 1985年 |
一 瞽女の歴史 1 瞽女の由来 2 近世の瞽女仲間 3 瞽女縁起 4 越後の瞽女仲間 二 瞽女仲間の組織と機能 1 瞽女の呼称 2 瞽女仲間の組織 3 瞽女仲間の掟 4 褒賞と処罰 5 服装・道具 6 瞽女仲間の符牒 7 年季修行 8 修行階梯の儀礼 9 しつけと稽古 三 瞽女稼業 四 越後瞽女の旅 1 瞽女の旅路 2 小林ハルの旅 3 その他の瞽女の旅 五 瞽女の宗教性 1 瞽女の信仰と妙音講 2 瞽女をめぐる民間信仰 六 瞽女唄 七 小林ハルの歩み 八 瞽女の生きがいと村むら 九 添付資料 |
●以上 kame’s 蔵書 |
杉山 幸子 著 市川 信夫 解説 瞽女さん 高田瞽女の心を求めて 頒価 2,500円 |
河辺書林(長野) 1995年 |
「第一部」最後の高田瞽女 「第二部」瞽女宿を訪ねて 歴史解説「思い出の高田瞽女」 高田瞽女「杉本キクイ」についての記事が沢山。カセットテープの付録付き。 |
|
鈴木 昭英 著 瞽女 信仰と芸能 定価 3,090円 |
高志書院 1996年 |
・第1章 越後の瞽女 ・第2章 瞽女仲間の組織 ・第3章 瞽女の民間信仰 ・第4章 瞽女の宗教性 ・第5章 瞽女と芸能 ・第6章 聞き書き長岡瞽女 学術書である。特に瞽女の信仰の面、宗教性にも触れられている。著者は「瞽女唄ネットワークの会」会長。 |
|
竹内 勉 著 民謡地図A 「じょんがらと越後瞽女」 |
本阿弥書店 平成14(2002)年 |
民謡の守門者、研究家・竹内勉氏による民謡地図シリーズの第2作目。第二章では「越後瞽女」とその芸として、杉本キクエ、伊平タケの芸について、第三章では新保広大寺として。門づけ唄のことについて書かれている。 |