千曲市雨宮/雨宮坐日吉神社/4月29日(3年に1度)

 千曲市雨宮といえば、善光寺平の最南端、川中島合戦の“雨宮の渡し”で知られる古跡で有名です。この地の鎮守・雨宮坐日吉神社(あめのみやにいますひえじんじゃ)の祭りとして知られてきた「御神事(ごじんじ)」という大変古式をたたえた芸能が演じられてきました。古くからよく知られていたようで、江戸時代の「善光寺道名所図会」や「信濃奇勝録」といった書物に記述があります。明治までは森、倉科、生萱、土口、雨宮の5ヶ村で行われ、維新までは、行列を組んで、松代まで赴き、海津城内の領主の前で踊ったといい、また近郷の清野、岩野、土口を巡回してきたといいます。明治23年より雨宮のみで行うようになり、今日に至ります。
 かつては毎年開催されていたようですが、現在は昭和の日となった4月29日の午後から夕刻にかけて実施されます。ただ、この大祭のために何ヶ月もかけて丁寧な準備と組織が動きます。3月下旬には「習い晩」といい、氏子、踊り世話人の指導により、練習があります。その前後には神事や諸行事があり、前々日の「打揃式」で盃事があり、最後の練習をし、やがて当日を迎えます。

主な行事 時刻 内容 
お道具渡し 9:00 当頭以下そろって参拝の後、年番が道具と小さな幣束を渡すお道具渡しがある。
春季例大祭 10:00 神社拝殿内で修祓。
町太鼓 11:00 地区内を太鼓がふれ回る町太鼓がある。神社参拝後、御旅所へ行く。
御行事お迎え 待太鼓の役が途中で御行司宅へ行き、お迎えをする。合流して神社へ向かう。
鳥居前呼び上げ 12:40 鳥居前に全員が集まり、御行司の後見が役と人名を鳥居前で呼び上げをする。
 中門練り込み〜        本社前御神事踊り 13:00 呼び上げ後、中門へ進む。その後神官や踊り世話人のお迎えを受け、御行司を先頭に境内へのねり込みとなる。引き続き、境内で朝踊り城踊りが踊られる。
神輿神幸祭  14:00 二座の踊りの後、拝殿内での修祓、神輿が出され、武者とともに行列が出る。
若宮社 御神事踊り 14:00 神社境内から若宮社に移動し、一座が踊られる。
北町 御神事踊り 15:00 北町まで移動し、一座が踊られる。
御旅所 御神事踊り 16:00 天野町の御旅所まで移動し、一座踊られる。
鳥居前呼び上げ 18:00 鳥居前まで進み、再び呼び上げがある。
お立ち会踊り 化粧落とし 鳥居から反対側の街道を行きお立ち会で踊られ、化粧落としがある。
斎場橋 橋懸り 18:30 斎場橋で一座踊られる。途中で獅子が橋の欄干から宙吊りとなる橋懸りが有名。
唐崎社 御神事踊り 19:00 唐崎社前で一座、山踊りが踊られる。
本社還御祭 19:30 神社境内へ戻り、早駆けで境内を3周し、還御祭となる。
 この御神事全体を統率する役として、「御行司(おんぎょうじ)」があり、大祭当日だけでなく、諸行事に関わります。

 4月29日の午前中は、まずお道具渡しとして諸役が登社し、参拝してそれぞれの用いる道具を受け取りから始まります。その後、神社では例大祭の修祓があります。それぞれ、準備をし、昼過ぎの鳥居前の集合から、もっとも華やかで芸能的な部分がスタートします。

 御神事踊りの構成は、御行司1人、六大神6人、小拍子(中踊り1人、児踊り・日3人、月3人)、御鍬1人、獅子(宝珠獅子1人、陰獅子1人、陽獅子2人)、太鼓踊り2人、御笛10人、御歌10人です。更にそれぞれ「手替わり」がつくので、かなりの大人数となります。
 本社前の踊りの後、神輿神幸祭が拝殿で行われ、武者2人、駕輿丁が神輿を担ぎます。

 音楽は道中の移動時に奏される笛と太鼓による《雲場》、御行司宅前後で太鼓のみの《待太鼓》があります。また、鳥居での呼び上げの時から《片社入り》、境内中門に進む《本社入り》、御行司が進む《高音ねり込み》《ねり込み》の曲があります。

 そしてメインの「御神事踊り」では《みそぎ》《こおろし》《大御蔵》《ひやりるり》といった曲が奏されます。歌は、笛と太鼓による曲と同時進行的に歌い出されます。大変古風な雰囲気を醸しだし、これを聴くだけでも独特な雰囲気を感じます。

 踊りは境内で二座、若宮社で一座、北町で一座、御旅所で一座、再び鳥居前で早駆けした後、お立ち会で化粧落としで一座踊られます。そして斎場橋での「橋懸り」で一座踊、途中「遠江浜名の橋の下行けば こげや舟こ早くこぎそよ」の歌詞で、4人の獅子が橋の欄干から、逆さづりとなって、生仁川の水面をかく所作となります。最後は斎場橋から山手に向かったところにある唐崎社で一座踊られます。その後、本社に引き返し、境内に入ると境内を3周、早駆けでまわって終了となります。

 もっとも有名なのは「橋懸り」のシーンですが、芸能としての魅力は何といても「御神事踊り」です。整然と並んだ踊り手が左右対称の動きで、それぞれが別の所作を同時に動く。それを見つめるように御行司が立ち、シンメトリックな美しい踊りを見守ります。

 また、この一連の祭礼の折々には「お慶びのお盃」と呼ばれる行事があります。酒宴の主となる方の動議で、ご慰労される立場の方に盃を差し上げます。その時に「おさかな」と呼ばれ、「めでためでた…」の《祝い唄》が歌われます。これは《雲場》の唄と同系で、「御神歌」とも呼ばれます。この一連の盃事は、現在でも行われている「北信流」と同系です。松代藩領内では、この「おさかな」が謡曲のめでたい「小謡」となります。雨宮のお祭りでも、「習い晩」や「打揃式」といった各種の酒宴では「祝い唄」が上がりますが、御行司宅や神輿神幸祭等では「小謡」が上がります。御行事宅では仕舞もあり、さすが松代領内だけあって、武家社会の伝統を感じます。