〜愛媛県今治市宮窪町〜
今治市宮窪町は、瀬戸内海に浮かぶ芸予諸島の大島の東部。かつては越智郡宮窪町でしたが、合併によって今治市になりました。大島石が採掘される石材業と、漁業の町でした。中世には、村上水軍の一派、能島水軍の本拠地であった能島が、宮窪瀬戸の東側にあり、鵜島との間で渦巻く急流となり、天然の要害であったそうです。

その旧・宮窪町の漁師達が、馬蛤貝(マテガイ)を採るときに歌われていたのが「馬蛤突き唄」です。

七七七五調で、ゆったりと歌われます。歌詞の内容は、大島の風情を歌ったものから、各地で歌われる流行り歌を取り入れたと思われるものなどがあります。同じ大島で歌われている《艪漕ぎ唄》とも似ていますので、甚句風な曲を、船を漕ぎながら自由奔放に歌ったものでしょうか。前半を1人が歌い、後半に別の人たちが付けて歌うようになっています。音頭一同形式に近い感じです。

マテガイとは、10cm位で筒状の殻に被われた貝だそうです。漁は晩秋から春にかけての時期で、小さな船を漕ぎながら海に出て、「まてつき」という重りつきのモリを突くことで捕獲したといいます。
また、潜水漁のときに、手押しポンプを動かす作業の時の《ポンプ押し唄》としても歌われていたといいます。現在では、このマテガイはほとんど姿を消してしまったといい、当然《馬蛤突き唄》を歌われることもないのでしょう。

以前、地元の漁師さんが歌った録音を、ラジオで聴く機会がありました。何ともいいメロディだな…と、ずっと思っていました。2005年に、愛媛新聞社から出版された『伊予路に響く唄』という、愛媛県の民謡を集めたDVDと解説をまとめた物が手に入りました。すると、この中に、この《馬蛤突き唄》も収録されていました。それが奇しくも、自分がかつてラジオ放送で歌っていた2人の漁師さんの演唱でした。再び聴くことができて、感動したのを覚えています。
また、随分前に、大三島へ旅行したときに、『越智郡 むかしむかし』その二(民謡の部)という本を買いました。旧越智郡で歌われてきた民謡の採譜集なのですが、あらためて読み返してみたところ、やはりこの唄が掲載されていました。

しかし、地元の方の漁師さんの唄は聴くことができましたが、他に歌う方々はいるのかは分かりません。少なくとも、民謡歌手による発掘民謡としては聴いたことはないです。大変なめらかで、いいメロディの曲です。もっと歌われてほしい1曲だと思います。

ちなみに、《まてつき唄》というと、大分県国東で歌われているものが、よく知られており、こちらもいいメロディです。一方で、この瀬戸内の島に残る宮窪のものも、印象的な唄です。