〜岐阜県高山市〜

飛騨の小京都・岐阜・高山市は、地方にあって洗練された文化を残す町です。今から400年ほど前、高山城主・金森長近によって築かれた城下町であり、江戸中期以降は天領として栄えたところだそうです。

有名な「高山祭」は、春、<山王祭>と呼ばれる「日枝神社例祭」(4月14・15日)と、秋、<八幡祭>と呼ばれる「桜山八幡宮例祭」(10月9・10日)の2つを指し、豪華絢爛な屋台やからくり人形で知られます。
そんな高山で歌われてきた踊り唄が《高山音頭》です。

伝承としては、高山城主・金森長近父子が豊臣秀吉の朝鮮出兵に従い、肥前・唐津に陣営を構えていたが、戦いが終わって高山へ戻った時に、陣屋の広場で、城主をお迎えして踊ったのが始まりといいます。

以来、代官は盆の14日には陣屋の高櫓からご覧になり、お許しが出ると、各町内で踊ったものといいます。
また、この踊りは、よい頼りをもたらしたということで「吉左右(きっそう)踊り」ともいったそうです。高山周辺では、現在でも広く盆踊りなどに歌い、踊られているようです。

この唄は、特に伴奏の三味線が素晴らしく、唄のメロディと付かず離れずの手を奏します。大変小粋な雰囲気を醸し出しており、古さを感じます。

なお、地元の三味線とステージ風の三味線では若干の差違があります。特に唄の出の部分が、地元の歌い方ではやや遅れて出ます。こんなあたりが、「粋」を感じる要因かも知れません。