<長野県木曽郡上松町小川>
若宮神社/4月最終週の金・土・日曜日

木曽郡上松町は、かつて木曽古道、中山道が貫かれる場所で、古くからヒノキを初めとする木材の集まる場所、宿場町として知られてきました。中心街から木曽川を渡り、森林浴で知られる赤沢美林へ向かう小川が木曽川に合流するあたりが小川地区です。その北方の小高い山懐に「若宮神社」があり、その例祭に獅子神楽と獅子狂言が行われてきました。
神社の歴史は古く、江戸時代の棟札から、天明元年の再建ということが知られています。明治期には、木曽川をはさんだ駒ヶ岳神社の氏子であった時期もあったといい、徳原の里宮でも神楽を行ったことがあったといいます。

祭礼は八十八夜の5月1日と2日で、その前日の夕刻には「芸ざらい」と称して、狂言を披露してきました。近年は祭りを支える人々の確保から、4月最終週に変更されました。

<芸ざらい>
週末の金曜日の夕刻の「芸ざらい」は、夜7:00から。かつては島公民館でしたが、2010年からは消防団詰所を兼ねた新築集会所で行われるようになりました。ここで地区の方々に、数々の獅子狂言を披露します。

<例祭1日目>
土曜日は、早朝から神社へ登参し、「神遷し」の神事の後、「小川里若連」によって地区内を悪魔払いの舞を行います。これは「神楽」と呼ばれる御幣、三段の唐傘を立てた屋台を曳きながら、笛・2種類の太鼓を叩きながら、舞っていきます。

<例祭2日目>
日曜日も、午前中かけて残りの地区を悪魔払いをしながら廻っていきます。午後、12:30ころから神社へ向かって登ります。神社へ着くと、神事の後、2:00p.m.頃から、奉納獅子として、獅子狂言を拝殿前の広場で演じられます。
4:00p.m.頃まで行われると、屋台は神社を下り、再び地区内を悪魔払いをして廻ります。夕刻8:00p.m.頃から、小川地区内の通りを屋台を担いで、練りながら進みます。最後に、再び神社へ登り、「神納め」をして、すべて終了となります。

獅子狂言について



この獅子舞は、民俗芸能の分類上、二人立ちの「太神楽獅子」です。よく知られているのは伊勢太神楽、尾張太神楽、そして江戸へ伝わった江戸太神楽があります。
太神楽獅子には、アクロバティックな芸を行う「曲獅子」と獅子が女形を演じる「獅子芝居」「嫁獅子」「獅子狂言」とがあります。幕末に三河と尾張の神楽師が創作したらしく、特に三河の神楽師が芝居の一部を取り入れたことにより、明治期から大正期流行したようです。木曽谷へも三河あたりから伝播したようです。特に上松では、伊勢神宮遷宮の御用材伐採、曳き出しに獅子神楽が先導するといい、当地域の獅子神楽は大切にされてきました。

芸態は、本来の太神楽の役割である「悪魔払い」が第一です。二人立ちとはいえ、幌の前後に立って四股獣の姿になることはなく、幌を絞って、一人立ちになって鈴や御幣をもつ祈祷舞を拾二当といい、神事舞的な役割を果たします。そして「獅子芝居」は、女物の着物を着た獅子が女形となり、他の若連が役者となって、歌舞伎などの一場面を演じます。

2010年5月2日の祭りでは、『梅川忠兵衛』 『忠臣蔵』三段目 『葛の葉』 の3演目が奉納されました。

小川地区では「小川里若連」という組織によって伝承されています。定期的に練習をし、冬には「寒稽古」まで行い、伝えています。決して保存会ではなく、地域の若者達によって、脈々と伝えられてきています。