岩手県稗貫郡大迫町 7月31日(宵宮)/8月1日(例大祭) |
岩手県の北上山地のほぼ中央、その最高峰・早池峰山(1,913m)は高山植物植生帯として知られ、エーデルワイスに似ているという<ハヤチネウスユキソウ>のような固有種、珍稀種が多く、国の特別天然記念物の指定を受けているそうです。
そして、信仰の山。岳地区に鎮座する早池峰神社の祭神は瀬織津姫神であるそうです。また、修験道の聖地としても知られ、越後の円性阿闍梨が早池峰に登り、十一面観音を勧請して、早池峰権現としたといいます。
一方、民衆の信仰としては、山の神として狩猟民など山仕事の人々の神、水の神として農民にとっての神、そして海上守護として漁民の神として、広く信じられてきたのだそうです。
その早池峰の麓・大迫町内川目の大償(おおつぐない)と岳(だけ)に伝わる神楽を、総称して「早池峰神楽」と呼び、この例大祭を中心に奉納されています。これらの神楽は、「山伏神楽」と呼ばれるように、修験道に関わりの深い舞で、ダイナミックな動きで知られます。
これらの神楽は、かつては三陸沿岸の黒森神楽や鵜鳥神楽のように、「通り神楽」(大償)、「廻り神楽」(岳)といった巡業を行っていたそうですが、昭和初期には途絶え、現在は各神社の祭礼や、結婚式、新築等の祝事に招かれて舞われることが多いようです。
<例大祭見学記>(1991年7月31日〜8月1日)
早池峰神社例大祭は8月1日ですが、前日の7月31日には宵宮として、岳神楽、大償神楽を初めとして、近郷の弟子神楽が集まり、神楽殿で奉納されます。わたくしが訪ねた時には、岳の弟子神楽・石鳩岡神楽(東和町)を見ることが出来ました。
例祭当日は、神様を迎え、直会(なおらい)をします。またわたくしが泊まった宿坊では、その座敷の床の間に権現様が祭られていました。
◆早池峰神楽(大迫町観光協会編) |
やがて神社に集まりますと、神楽楽人が囃す笛・太鼓・鉦のサウンドの中、神事が行われた後、神輿渡御となり、集落内を巡行します。鼻高面の猿田彦神を先導、諸役の後には、頭上に奉じた権現様の行列、笛・太鼓・鉦、神輿と続きます。
やがて御旅屋(御仮屋)まで行き、一休みになります。
集落内では、柄杓で水をかける「火伏の法」をして行きます。また、通り沿いでは権現舞も舞われますが、この巡行の時は、一斉に権現様の歯打ちの音が聞こえ、まるでカスタネットを打ち鳴らしたようでした
やがて神輿の行列が神社へ戻ると、神楽殿では神楽が奉納されます。
大償と岳の神楽は、阿吽の関係にあるといわれます。また大償が七拍子で岳が五拍子であるともいいます。いずれにしても、神楽の構成、演目は似ています。
まずは、早池峰の神体である獅子頭・権現様を舞わす<権現舞>、儀式的な舞である<式舞>・<裏舞>、神々の舞である<神舞>、ダイナミックな<荒舞>、武士の合戦をテーマとした<侍もの>、女面装束の<女舞>、「道化っこ」といわれる<狂言>からなります。
<式舞>…役舞、座舞ともいい、神楽の始まりには、必ず以下の6演目が最初に舞われます。
@ 鳥 舞 | A翁舞・白翁の舞 | B三番叟・黒翁の舞 | C八幡舞 | D山の神舞 | E岩戸開 |
(名称は岳、大償で異なるものもある)
<裏舞>…「幕引かず」という昼夜続けて舞われる場合、夜の部のスタートが、<式舞>に対して<裏舞>6演目が舞われます。
@四人鳥舞 | A松 迎 | B裏三番・後追い三番 | C裏八幡 | D小山の神 | E岩戸開き・本開き(岳)/ 稲田姫(大償) |
<神舞>…神様が登場します。
尊揃舞・水無月 | 天降り・天孫降臨 | 悪神退治 | 悪魔退治 | 男五穀舞・天熊人五穀 | 女五穀・天照五穀 |
三韓征伐・三韓 | 竜宮渡り・安産舞 | 天王・牛頭天王舞 | 水神舞 | 五大龍王・五躰龍王 | 恵比寿舞 |
<荒舞>…物語性はないものの、密教や修験道との関わりをにおわせる儀礼的な舞。
注連切 | 普将・諷誦舞 | 竜天・龍殿舞 | 笹割舞・笹分け | おしき舞 | 三神(大償) | 手剣(大償) | 二人普将(大償) | 神子舞(岳) |
<侍もの>…番楽舞ともいうところがあるそうです。武士の合戦をテーマとしています。
鞍馬・鞍馬天狗 | 曽我兄弟 | 木曽舞 | 八嶋・屋嶋 |
<女舞>…女面装束ですが、女の怨念をテーマとしているものが多いようです。
鐘巻・道成寺 | 橋掛 | 蕨折 | 年寿 | 機織 | 汐汲・潮汲・塩汲 | 天女舞 | 苧環舞 |
<狂言>…道化的なもの。台詞があり面を着けないものもあるといいます。
狂言田植 | 猿引き | 金掘り | しゅうと見参 | 箱根番所 | 釣り狂言 | 袖の沢 | 献上 | 品物 | 狐とり | 鹿島 | 江戸見物 | 伊勢参り | 土踏まずの大法印 |
わたくしが訪ねて、いいな!と思ったのは<式舞>です。勿論初めて見た、ということもあるのですが…。幕から出てくる時、サッとめくりあげて登場するかっこよさ。かと思いますと、しなやかな舞振りもあり、また激しい跳躍もあり…。大変変化の多い舞です。中でも黒い翁の三番叟は、あらゆる芸能に取り込まれている演目ですが、こんな形で山伏神楽にもあるんだなあ、と驚きました。
また<荒舞>もよかったです。笹割舞・笹分けでは、激しい太鼓のリズムに乗って、太刀を廻しながら入れ替わる修験系の匂いの濃い舞でした。また荒々しいなかにも美しい竜天もよかったです。
遠くへ帰らなければならず、<侍もの><女舞><狂言>の舞は見ることが出来ませんでした。また機会を見つけて行ってみたいものです。