<放生津曳山祭り>

<富山県射水市市放生津>  放生津八幡宮〜放生津地区内
10月1日 曳山祭り/10月2日 例大祭 放生会 等

◆江柱町通り◆

富山県射水市放生津地区は富山湾に面した港町。ここに300年の歴史を誇る「曳山祭り」が行われています。10月2日が放生津八幡宮の秋季大祭で、「曳山祭り」はその前夜の10月1日、華麗な13本の曳山が巡行するもので、当地方では華やかな秋の祭りとして、新湊中が盛り上がります。

そもそも旧・放生津町は、港町で、すでに中世から家並みが揃っていたといいます。また近世には町年寄が統括するところとなり、漁業だけでなく諸商売も盛んな商業の町でもありました。

また町内を内川が流れていますが、これはかつての放生津潟(現・富山新港)から西へ流れ、奈呉の浦まで達します。中世には、漁船、能登通いの出船入船等があったといい、新湊には欠くことの出来ない水路であったといいます。 この内川には橋がいくつも架けられ、これによって人々が行き交い、大変に賑わった市街地であったそうです。

その放生津の総社としての格式を誇るのが「放生津八幡宮です。この八幡宮の由来は、奈良時代・聖武天皇の御代、天平18(746)年、越中の国守として赴任した大伴家持が、豊前国宇佐八幡神を勧請して、奈呉八幡宮としたのがはじまりといい、その時分から「放生会(ほうじょうえ)」が行われていたといいます。「放生会」とは、生類供養の祭りで、かつては8月15日に行われていたといいます。現在では、10月2日に神社拝殿内で行われている秋季例大祭に引き続き、行われています。ちなみに「放生津」という地名は、この「放生会」からとられたものといいます。

<9月30日>
御魂祭(魂迎式)  宵祭
午後 5:00 ●備船(御舟代)に神々をお招きし、松明により老松にお迎えする。
築山祭
午後 5:30 ●祝詞奏上 等
<10月1日>
神輿渡御〜曳山供奉
午前 8:30 ●八幡宮から神輿が出る。
●各町内から曳山が巡行。
<10月2日>
例大祭 放生会 築山神事
午前 5:00
午後 10:00
●築山では早朝から飾り付け、日没時には撤去。
●八幡宮拝殿内で例大祭、放生会執行。

<曳山祭り>

 10月1日に行われている曳山の巡行は、春の獅子舞と並んで、新湊・放生津の人々の血が騒ぐひとときです。
 朝、8:30頃、放生津八幡宮前に勢揃いし、神職のお祓いを受けてから、「引出し」となり、放生津地区内を、「曳山囃子」とともに巡行します。威勢のいい若衆により、「イヤサーイヤサー」の声が響き渡ります。

 放生津では現在13本が出されています。古新町は籤除山(くじのけやま)とされ、毎年「一番山」として、先頭を行きます。その他の12町は、内川北側の荒屋町、東町、四十物町、中町、奈呉町、長徳寺町の6本、南側の立町、法土寺町、南立町、紺屋町、新町、三日曽根町の6本が、それぞれ前山(さきやま)、後山(あとやま)と隔年で前後することになっています。そして、それぞれ籤によってその順番が決定されます。
 八幡宮前に古新町が到着すると、いよいよ巡行が始まります。

 各町の曳山は、それぞれ独特な意匠が施されています。宮大工・高瀬家一門の設計、高岡の金工、井波の彫刻、城端の漆芸といった技術の集大成のようなものだそうです。特に、尖端に飾る「標識(だし)」は、それぞれのいわれを持って、飾られています。また上部には、王様といい各山の祭神の人形が祀られています。これも各町内で、異なります。また、「前人形」と呼ばれる「操り人形」も目を引きます。
 

曳山を所有する町  参考資料はこちら
古新町 荒屋町 東町 四十物町 中町 奈呉町 長徳寺町 立町 法土寺町 南立町 紺屋町 新町 三日曽根町
 このような立派な山に、午前中は、赤、白、黄などの色を組み合わせた花が飾られます。これを「花傘」といい、花の飾られた日中の曳山を「花山」と呼びます。
 また、夜になると花を外し、周囲を提灯で覆います。放生津では6段からなり、その数は150〜200個におよぶといいます。現在の光源はバッテリを用いますが、かつてはロウソクだったそうです。そしてこの山を「提灯山」と呼び、暗闇の中を再び、放生津八幡宮まで引き返します。

昼間の華やかな「花山」とはうって変わって、闇を進む「提灯山」は幻想的な雰囲気を醸し出します。中でも、内川に架かる「湊橋」では、川面に提灯の明かりが映る眺めが大変いい風景です。また、この橋に入る場所はクランクになっており、曳山を一気に駆け上がり、無事に橋に入ると、観客の間から思わず、歓声と拍手がわき起こります。

こうして、放生津地区の中を再び八幡宮まで進みます。夜も11:00をまわった頃、神社前にたどり着くと、「神楽囃子」を奏し、黙礼の後、それぞれ曳き別れ、再び各町内へ戻っていくのです。

<築山神事>
華やかな曳山は富山県内各地に残されていますが、その曳山の祖型とされているのが、翌10月2日に、放生津八幡宮境内に飾られる築山です。
これは境内の松の木を背景として、西向きに舞台状の山を造ります。そして中央にオンババと呼ばれる「姥神様」を配し、周囲には鎧甲姿の四天王(多聞天、治国天、増長天、広目天)を置き、更に中央には寄人という「客人」を置きます。
これらが飾られるのは、10月2日の早朝から日没までとされています。一気にしまうのは「姥神様」が怒り、暴れないようにするためだそうです。
こうした<築山神事>は、高岡市二上山の射水神社、廃絶した石川県は能登の石動山・伊須流伎比古神社とこの放生津八幡宮に伝承されていたそうです。「築山」は「憑き山」であって、神霊の憑る「依代」とするもので、貴重な行事として知られています。

<例大祭〜放生会>
またこの2日には、神社において、秋の例大祭と放生会が執り行われています。
午前10:00から例大祭が始まります。これは、いわゆる秋祭りであって、神官による祝詞奏上、献餞、拝礼といった流れのものです。
放生会は、現在では例大祭に引き続き行われています。かつては、陰暦8月15日であったといいます。本来「放生会」とは、生類供養のまつりで、仏教の殺生戒に基づくものです。「放生」つまり生類を解き放つことで、人間の滅罪・功徳になるという仏事で、各地に残っています。放生津地区の寺院では春秋に行ったといいます。
現行の八幡宮での「放生会」では、祭壇に注連縄に御幣をつけた水鉢に入れた魚と、鳥の入った鳥籠を供え、祭式を執り行います。その後、魚と鳥を放し、お昼前には終了となります。なおこのとき、拝殿では「乙女の舞」「放生の舞」などが奏演されます。